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小説『朝霧』 十一話

 

二人は占いの話に驚くことが多かった。正造が保険の会社だと当てたり、陽子が一人っ子だと当てたりしたから。
「二人とも、将来は幸せになれますよ」と言ってくれたことが嬉しかった。
地下を歩きながら「凄い占いでしたね」と陽子が言った。
「本当にびっくりしたね」
「おじさんも結婚するのね」と笑った。
「それより、陽子さんが二十五歳で二人の子持ちだって」
「あれにはびっくりしました。二十五歳で二人でしょう、一人出産に一年必要だから、毎年生んでも、大学生で妊娠?」
「心当たりあるの? 彼氏とか?」
「全然ないわ」
そう言ってから正造の耳元で小声になって「まだ、男性知らないのに」と頬を赤くして囁いたのだった。
「おじさんも、二人だって。偶然ね」
「何故、占い師は探し人のことだけ話をしなかったのだろう?」
「二人の将来に影響が出るからって言ったわね」
「他のことは結構ズバリと言ったのに、変だったね」
「わからなかったのでしょう」

「そうだね、それがわかれば探さなくてもいいからね」と笑う二人だった。
はとバスの時間になって乗り込む二人、週末でほぼ満員で出発した。辺りは薄暗くなり始めていた。
「東京タワーに行くの、私は初めてよ、今度もっと高い塔が出来るのよね」
「そうだよ、確か浅草の方だったかな」
「また来られるかな」
「陽子さんは若いから、何度でも来られますよ」
正造が笑うと、陽子が腕を掴んで「おじさんも若いわよ」と囁いた。
しばらくして東京タワーに到着した。もう夜になっていてタワーの灯りが美しく点滅していた。ガイドの案内で展望台に。「そこからは個人で登ってください」
集合時間だけ聞いて自由行動になった。一気に一番上まで昇ろうと、二人は特別展望台に向かうエレベーターに乗り込んだ。特別展望台は狭い空間で、星空と東京の夜景が見渡せた。興奮する陽子。でも下を見て足を竦(すく)ませるのだった。
「綺麗だわ、でも高いから少し恐いわ」
「今日は空気が澄んでいるからね」
「いい日に来たのね」
「日頃の行いがいいのかも。明日は台風で雨だからね」
ぐるりと一回りして、夜の町並みを見て「下に行こう」と大展望台に向かった。
望遠鏡で遠くを見る陽子は嬉しそうに、肉眼で確かめてから望遠鏡を覗き、「凄く大きく見える」と喜ぶ姿は高校生だった。ガラス張りの床に恐る々々乗る二人。「壊れたら即死ね」と笑う陽子。遙か下が見えるので恐いのだ。
併設の蝋人形の館に入ると「わー、そっくり」と驚きの声。有名人の蝋人形が所狭しと並んでいた。若い女性と観光地に行くのは楽しいなと、正造はしみじみと思うのだった。恋愛の経験がなかったからだ。会社勤めの時は社内の女性に誘われたこともあったが、その当時は弘子が心の中に居座っていて、とてもそのような気分にならなかった。独立してからは会社の経営に没頭していて、弘子のことを考える時間が減っていた。もちろん女性と恋愛する暇がなかったのも事実だ。適当に風俗と飲み屋で遊ぶのみだったのだ。長い人生で、若い女性と遊びに行くのは初めての経験だった。楽しい気分だ、陽子はこんなおじさんと東京まで来て楽しいのだろうか? と考えていると、陽子から占い師のように「おじさん、今、私が楽しいのかって考えているでしょう?」と言われて心の中を見られた気分になった。
「楽しいわよ。前にも言ったでしょう、私、年上の男性が好きなのよ」

「はい」
「だから、おじさんのことが好きよ」そう言いながら笑った。
東京タワーを後にして、バスは有名ホテルに向かう。両手の紙袋には、東京タワーの土産が数点入っていた。ホテルに到着すると早速バイキングの会場に。飲み物を聞く係の人にビールを注文する正造、ウーロン茶の陽子。好きな料理を適当に皿に入れて持ってくる陽子。
「おじさん、何が好きかわからないから適当に持ってきたよ」
「何でも食べるよ」
ビールを注いでくれる陽子。
「おじさん、お酒強いの?」
「まあまあだな」
そう言いながら一気に飲み干す正造だった。
「強いじゃない。祖父は中瓶一本で終わるよ」
「陽子さんが注いでくれるから美味しい」
そう言うとまた陽子がビールを注いでくれた。
「酔っ払ったら、連れて帰りませんよ」
「大丈夫だよ、お酒だけが恋人だったからね」
それは本当だった。弘子のことを忘れるために酒に走っていた。地元の飲み屋さんによく行くのは、それが始まりだったから。
「おじさん強いよ」何度も注ぐ陽子が呆れて言った。少し酔った正造が「お母さんに振られたショックでお酒を飲み始めたのだよ」
その言葉に陽子は正造の寂しい姿を見たのだった。母とどのような付き合いで、どのように別れたのかは知らなかったが、寂しかったのだろうと思うのだった。それ以上は聞けない陽子。
今も独身の正造が哀れにも見えていた。
「食べているか? もう注がなくてもいいから、食べなさい」
そう言いながら自分で注ぐ正造に、係の女性がまた新しいビールを持ってきた。
日頃、飲んでいる人と接触のない陽子には、正造の飲み方は異常に見えた。大丈夫かな?と思いつつ、自分も色々な料理を食べて満腹状態になっていた。
「おじさん、まだ飲むの?」
「いや、もう終わるよ、陽子さんが弘子さんに見えてきたから、危険だ」そう言って笑った。
ほろ酔い気分でバスに乗る正造。「本当に弘子さんだね」と陽子を見て言うと「おじさんはよく二十年以上前の顔を覚えていますね」と呆れ顔で言う。
「今は逆に見えているのかもしれませんがね」

「??」と怪訝な顔をすると「陽子さんが弘子さんになっているのかも」
「まあー」と言う陽子に「少し酔ったかな」と頭を掻いた。
しばらくしてバスは東京駅に戻った。
「ホテルのロビーで、明日九時に! おやすみなさい」と正造が言うと「今夜は楽しかったわ、ありがとう」と会釈をして部屋に向かう陽子を見送ると、正造はひとりでショットバーに入っていった。その様子を引き返してきた陽子が見ていた。母を思い出したのかな? お酒を飲んだから? 寂しそうな後ろ姿を確認して部屋に向かう陽子だった。

翌朝、フロントに行くと陽子はもう準備をして待っていた。
正造が勘定を払おうとすると、「払いました、すべて出してもらうと、気が引けるから」
「私が勝手にこのホテルを予約したのに、高かったでしょう」
半袖の白の胸元の開いたブラウスに黒のパンツルックの陽子。下着が透けて見えるのではと思うほど胸が気になる服装だった。
「じゃあ、ここは出してもらうか」
そう言って丸の内の改札を入って、中央線のホームに向かう。始発だから簡単に座れる。帽子を被った陽子はアイドル並のスタイルと服装に。乗車してくる若者がのぞき込むこともしばしばだった。
「東京も広いですね」
「八王子はもう端だからね」
「曇っていますね、雨が降らなければいいのですが」
「台風が名古屋に上陸だとテレビが言っていました」
「帰り、大丈夫でしょうか?」
「上陸すると速度が速いから、大丈夫なのでは?」
「だといいですね」
八王子に着くと多少風が強くなって、空は今にも泣き出しそう。黒い雲が早く移動して行く。
「早く探せるといいですね」
タクシー乗り場から二人が乗り込む。住所を運転手に告げると二十分くらいの場所だった。
閑静な住宅地。帰りのことを考えたのと荷物があったので、タクシーにそのまま待機をしてもらった。運転手は上機嫌で「ゆっくり探してください。待ち料金はサービスにしますから」と言った。
それは陽子が笑顔で運転手に、「母を捜しに初めて東京に来たのに地理がわからないから大変なの、運転手さんが親切で助かります」と言ったから思わず運転手も協力したのだ。美人は得だと正造は苦笑いをした。親子だと見ているから親切? ますます黒い雲が上空を駆け足で走っていった。
「早く帰らないと、大雨に遭いそうだ」
「新幹線、大丈夫かな?」
「そう言えば、水難の相って、この台風の雨のことだろうか?」
「じゃあ、私達、今日は帰れないの?」
「そうなのかも」
不安になる二人だった。
黒い空を見上げて、野々村の家に行く。

 

 
 

 
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